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2016年1月の記事

春?ではないと思うけれど・・・。

今日で10日目。

ニワトリが毎日卵をうんでくれています。

タンポポハウスのニワトリは
冬休みをします。
ちょうど、タンポポCaféの冬休みと重なります。
「2月の一番寒い時が終わったら
ニワトリが卵をうみだします。
その卵で春が来たんだな…と思うんですよ。」
と、お客さんにもよく話すのですが。
私たちは毎年ニワトリに春を教えてもらっているのです。
「おい!卵うんでるぞ!」
と、タンポポさんが卵をトリ小屋から持ってきて10日。
その後、お休みすることなく
コツコツと毎日2個づつうんでくれてます。
「なんでや~。」
と、いう感想です。
「本当?間違ってない?」
と、聞きたい感じです。
気分的にも「春が来た!」とは思えないのですが。

1月ですから毎日寒いですし
ニワトリにも勘違いということもあるでしょうし
「あら、ちょっと間違えたわ~」
と、卵ストップするかな・・・と見守っていましたが
約束もしていないのに律儀に2個を守って
食卓に提供してれます。

会うたびに
「どう?卵うんでるかい?」
と、聞いて下さるお年寄りが何人もいます。
きっと、冬の卵情報は天気や雪の量と共に
挨拶のひとつだったのかなと思ったりもします。
そして、冬の卵は
「寒卵(カンタマゴ)」といって
すごく値段が高かったそうです。
栄養もいっぱいなんだとか。
貴重だったと皆さん同じことを言われます。
その時代の「貴重」と言われる貴重の重さを想像します。
「誰に食べさせてあげたかったのかな・・・。」
と想像します。
その貴重な「寒卵」。
一番贅沢に栄養を丸ごといただくのは
「卵かけごはん」。
とっても、特別な気持ちがしています。

タンポポハウスを残すべく・・・。

今回も子供1号は
「タンポポハウス残しといてや」
と、いつものセリフを言って帰って行った。

 

 
タンポポハウスを残しておいてほしい理由は2つ。
大人になったらここに住んで研究をして過ごしたいから。

 

 
もう一つは、
「2026年に火星に100万人規模の移住」
のテレビを年末に見て、
自分が100万人に入れていないことに気が付き
「そんなんやったら
 これから生きていく気がせえへん・・・。」
と、明るい未来の子供は悲しがっていた。
2026年になることがすごく怖いらしい。
「そうなったらあきらめて火星じゃなくて
 タンポポハウスでジャガイモ植えて
 みんなで一緒に暮らしたらいいやん。」
と、言ったら
「そうやな!」
と、いい案があったとばかりに悩みが解決し喜んでいた。
どれくらいタンポポハウスが火星より安心かは
不明だが、なんとかなると思う材料には成り得るらしい。
すごいぞ!タンポポハウス!

裏のビニールハウスの支柱。半分はうもった?かな

裏のビニールハウスの支柱。半分はうもった?かな

子供2人が帰ってから疲れが押し寄せ
5日目の朝、やっとすっきり起きて
「よしやるぞ!」
と、頭が動き出したら連日の雪・・・。

 

朝起きて一番に薪ストーブに火をつけて
着替えたら除雪に出かける。
出かけるといっても30分から40分。
それ以上だと身体が冷えて嫌になるから。
あとは、タンポポさんよろしくお願いしますと
割り切って。

 

羊蹄山のふもとの農家の知り合いが
「畑仕事しながら時々手を休めて
 羊蹄山を眺めるの」
と、言われているのを聞いてびっくりしたことがある。
たくさん人を雇う農家の奥さんだったので
1秒も惜しんでキャベツ採っているのかと
一緒にキャベツ採りをしてて思っていた。
私は、1個でも多くキャベツを採らないと・・・
と、一日中”土とキャベツ”ばっかり見ていた。
「ははぁ・・。
 なるほど。この余裕がこの人の柔らかい笑顔のもとなんだな。」
と、理解した。

連日除雪機が稼働中!がんばれ!タンポポさん!

連日除雪機が稼働中!がんばれ!タンポポさん!

 
だから、除雪をする時は
薪ストーブの煙が空にたなびく様子を見たり
歌才2号線の奥をじっと眺めるて日光浴する
犬の考えてることを想像してみたりしてから始める。

 

今日の歌才2号線

今日の歌才2号線

 

がんばるためには緩めてから。
(と、自分に言い聞かせ・・・。)

 
緩めている間に冬が終わってしまうんだよね・・・・
(と、現実的な自分もありながら・・・)

書き初め大会

タンポポさんの
「いつか使うコレクション」に
書道道具があったとは知らなかった。


子供1号が宿題の書き初めをするのに出された
北海道に来てから初めて使われた書道道具。
子供1号の母のものらしい。

 

タンポポさんはいつか書道をしようと思っていたらしい。
保存していた道具のの中には
「金賞」の赤いハンコのついた書が。
「これ見てみ。お母さんの字やで」
と、子供2人に見せることができたのも
タンポポさんの「いつか使うコレクション」のおかげ。


そこに習字の先生の赤い墨のお手本も入っていた。
まちがいなく小学生の時から教えていただいた
書道の先生の字。
中学の最後まで週に2回通った先生の字。
何十年ぶりかに見たけれど
温かいやさしい先生のそのもだったから今も覚えてる。

 
唯一の習いもんは書道だけだった。
「字だけはきれいに書くように」
と、特殊な字を書く父が奨励した事だった。

 
字は人それぞれで、人それぞれを字が表す。
小学生の頃、自分のノートの「丸字」をなおしたいと思った。
慣れた「丸字」を書くスピードと変わらず
先生のような字を授業中もノートに書きとりたいと思い立った。
鉛筆の練習に週に一度をあてることを先生にお願いし
小学一年生のあいうえおノートに
何度も何度も”あ・・・・ん”の50音を書き続けた。
ひらかなって美しいな・・・・と思った。
一年ほどで癖の「丸字」がノートにでなくなり
ひらかなを卒業した。

 

子供3号の書き初め

子供3号の書き初め

何十年ぶりの書道は気持ちよかった。
息を止めてまっすぐ線をひくことに
集中すると心地よかった。

 

 
何かの書類にちょちょいと書くとき
丁寧とは程遠い字になってしまう。
そんな時、大好きだった習字の先生を思う時がある。
先生の字にはなれなかったけど
私の字が書けるようになったとき
「先生から字をもらった」
と、誇らしく思ったことを。

 

 

字は丁寧に!
「はい、はい。」
「はい、は 1回!」

2016年さる年

2016年が始まりましたね。

 


夜になって朝になったら年を越していました。
そんな静かなタンポポハウスの年越しでした。

 

 

年々、過去の出来事とボールペンの先から漢字がでてこない、この頃。
年末31日に18年前に出会った友人から
今、ニセコに来ていると突然電話がありました。
予想もしない人から電話をもらう驚きと
覚えてくれていたんだな~と感謝する喜びがありました。
あと、あれから18年もたっていることと
自分が18年歳を重ねていたことに
「へぇ~」と他人事のように関心してしまいました。

 

 

他人事のように友人と出会ってからの
自分の18年の経過に関心していると
「あなたは、いい人といっぱい出会っているよ。
 いい時間の過ごしかたしてるよ。」
と、タンポポ夫人が言いました。

 

 
お年玉はいつでも「5円」しかくれなかった両親です。
「ご縁がありますように・・・」
なんて言いながら・・・・。
「ケチな5円」のお年玉が効果をきかせ
今もご縁を繋げてくれているようです。

 

 

孫には「5円」以上のお年玉をあげている様子の
タンポポさんとタンポポ夫人です。

大きな子供1号と小さい子供3号の共同作

大きな子供1号と小さい子供3号の共同作

 

 

「おれらお年玉もらったことないで!一回も!」
と、私がお年玉をあげていないという事実に
初めて気がついてしまった”たれ目”の子供3号。
「あたりまえや!今まで誰にもあげたことないのに
 あげてしまったらルールが変わるやろ!」
と、言っておきました。

 

 

3段目まで完成!ここからが難しいそうです。

3段目まで完成!ここからが難しいそうです。

私は一番の贈り物をいつもしています。
それは「時間」です。
「時間」はポチ袋に入らない
心に貯まる貯金です。
いっぱい貯めなはれや。

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