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2011年1月の記事

〖お久しぶり 僕タンタン〗

「僕の雪遊びのようすです 雪にもぐるのは気持ちイイ・・・」

「突然倒れたのではありません 大好きな雪遊びの最中です」

ここ数日、雪も降らないし太陽も顔を出しヒゲおやじはご機嫌な日々です。
奥さんは『味噌作り・とうふ作り』に一生懸命の日々で、
10kg近い味噌が出来る予定です。
無事に『麹』もできて一安心ですが、
地域のみなさんの麹は、無事でしょうかねえ。

「麹菌でいっぱいの麹です」

「麹菌でいっぱいの麹です」

さて、生まれて3ヶ月が過ぎようとしている『ボノⅡ(ボノッツ)』ですが、
とてもやんちゃで僕に叱られてばかりです。
食欲旺盛で、必死で食べ物に食らいつくさまを見て、
『小さい時のボノそっくり!』と奥さんがうれしいそうに言っていました。

 

ヒゲおやじに時間の余裕があるときは、朝夕家の近くの散歩です。
ボノⅡはこの散歩が大好きで、
僕たちが動物の足跡を見つけて山に入ると、
一生懸命に後をついて来ます。

 

雪が深いので帰り道が分からなくなり、
取り残されたボノⅡは、必死に山の中から僕たちを呼ぶのです。
僕たちは知らん振りして帰ってくるのですが、
ヒゲおやじは『ボノ~!ボノ~!』と心配するのです。
まあ、その心配も最初の数ヶ月だけで、
それを過ぎると知らん顔です。

「雪野原を散歩するプリンとボノⅡ」

「雪野原を散歩するプリンとボノⅡ」

ということで、
のどかなタンポポハウスの一日が今日も終わろうとしています。

〖自家製 とうふ作りと味噌作り〗

 

「黒松内ブナセンター食工房をお借りしての作業」

「大豆を砕く作業風景 もいろん大豆は自家製(黒松内ブナセンター食工房)」

歌才地区の皆さんの念願だった、
自分たちが育てた大豆で作る「とうふと味噌作り」に挑戦した。
もちろん、やる気十分の相棒さんを先頭に召集されたが、
私たちの知識だけでは到底無理なので、
とうふ・味噌作りの大ベテランの酪農家の「よー子」さんを講師に招き、
その指導のもと始めた。
といっても講師料はなく、まったくの奉仕で引き受けてくれた。

 

畑を耕し種をまき、草取りなど畑を管理し収穫したものを加工することは、
高齢ながらも畑を耕す歌才地区の皆さんにとって、格別な思いに違いない。

「畑で取れた大豆が とうふになりました 安心安全間違いなし」

「畑で取れた大豆が とうふになりました 安心安全間違いなし」

とうふは「よー子」さんと彼女の素敵な友人たちの援助の下、
無事出来上がった。
『こんなたくさん もらってかえっていいべか』と、
一軒当たり九丁ものとうふを抱えて帰宅した。
昨夜の歌才地区のみなさんお夕食は、間違いなく「とうふづくし」。

「麹菌を混ぜる作業 これからの自宅での温度管理が重要」

「麹菌を混ぜる作業 これからの自宅での温度管理が重要」

来月の「味噌作り」に備えて「自家製麹づくり」も平行して作業した。
「麹」は温度管理が大変だ。

 

『歌才のみなさん・・・「麹」生きていますか・・・』と、
相棒さんが朝から心配していた。

〖歌才新年会〗

「集会場の除雪をする区長こと 相棒さん」

「集会場の除雪をする区長こと 相棒さん」

16年前、歌才地区に引越ししたころに14軒あった家が、
今年で8軒になった。
人数も20数人いたのが、その半分にもなった。

 

黒松内町の過疎化は確実に進んでいる。
特に郡部の過疎化は、歌才だけの問題ではない。
私たちのような移住者は、その流れを食い止めるものでもない。

「当日は黒松内岳も いい顔をしていました」

「当日は黒松内岳も いい顔をしていました」

私たちは今年で北海道に移り住み、19年目になろうとしている。
そして、黒松内移住して18年。
歌才地区に住み16年。
この地域の先輩たちはとても心暖かく、考え方が柔軟である。
私達がここに落ち着けた理由の大きなひとつだ。

 

過疎化の勢いは食い止められなくても、
地域の先輩たちと楽しくやっていこうと思っている。
明日は「とうふ作りとこうじ作り」。
もちろん、「自家製味噌に挑戦」。

 

昨年もご不幸が続いたが、恒例の新年会は開かれた。
30年前・40年前・50年前の黒松内の話に花を咲かせた。
長老は70年前の話を熱く語っていた。
『何十キロの荷物を背覆って 何十キロも歩いたもんだ
 あの当時なら どこに行くのも足だったもんだ』

「夕方4時に始まった会は 10前に解散 元気さにはおどろきでした」

「夕方4時に始まった会は 10前に解散 元気さにはおどろきでした」

深いしわの頑丈な手が、多くを語らなくても当時の暮らしの
厳しさを物語っていた。。

〖還暦の年 無事に登頂・・・?〗

「屋根に積もった雪は 60センチ以上はありました」

「屋根に積もった雪は 60センチ以上はありました」

「お父さん、やったね!」と、大喜びの相棒さん。
何のことはない、ただ屋根の上に登っただけのこと。
しかし、ご本人にとっては黒松内岳に登るより、大変な出来事なのだ。

 

40歳後半、この小屋の雪下しをした時に滑って股関節を痛めたから。
昨年・今年と頼みもしないのに、この時期屋根に上がりたがる相棒さん。

 

「お父さん一人でさせるの、かわいそうやから・・・。」なんて。

「今年初めての雪下し作業です」

「今年初めての雪下し作業です」

こちらとしては、こころからありがた迷惑、のこころ。
せっかく、『田中式健康体操』で鍛えて復活した股関節を痛められたら、
世間に対して説得力喪失間違いなし。

 

そんなことお構いなしの相棒さんは、屋根の上でおおいにはしゃぐ。
「私、すごいね。今年もこの屋根に登れたもん!」と、スコップを振り回す。

 

『あんたにゆうけど、この間Tさんの奥さん78歳で牛舎の雪下ししてたで。』
なんて言うのは野暮。
きっと、
『私、78歳でも登れるような気がするわ。』と返事が返ってくる。

「新しい小屋は自然落下 楽になりました」

「家屋などは自然落下です」

その歳までには、この小屋がなくなっていてほしいし、
雪下しに関わらないことであってほしいのが私の望み。

 

と、言いながら二人は今年「還暦」なのだ。
出逢って、共に歩んで40年近くなるのかなあ。

 

2011年1月・屋根の上の元気な相棒さんを見て、ふと思った。

〖2011年 初ブログ〗

「あけましておめでとうございます 今年もどうぞよろしく(新築の小屋の前で)」

「あけましておめでとうございます 今年もどうぞよろしく(新築の小屋の前で)」

昨年の1月早々のブログに、
「鶏小屋は建つのか・・・?」と書かれていた。
そう、未完成だが建ったのだ。
しかし、昨年の目標項目は10項目にも及んでいたが、
そのひとつのみの実現だった。

「今年は初の撮影 黒松内岳」

「今年初の撮影 黒松内岳」

なので、今年も目標はあるが書かないことにした。
それはあまりにも目標が多すぎるからだ。
今年は静かにそっと、実現していく方法をとることにした。

 

たぶん、今年もひとつだけの実現になるかもしれない。が、
昨年同様、楽しんでやれればと思っている。

 

そんなことをのんびり言っていると、
「まだ小屋は完成していないぞ!」と言われそう。

「僕の名前が決まりました『ボノⅡ』です。ボノの名前を引き継ぎました」

「僕の名前が決まりました『ボノⅡ』です。ボノ先輩の名前を引き継ぎました」

そんなこんなで、
今年もブログを通してのお付き合い、よろしく。

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