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2010年9月の記事

〖貧乏性〗

「ヒゲおやじさん 今年中には引越しできますかしら」

「ヒゲおやじさん 今年中には引越しできますかしら」

「貧乏性」とは「けちけちしてゆとりのない生活や考え方をする性質」とある。
あまり裕福でない家庭に育った私は、「貧乏性」そのもの。
母親がよく口にしていた言葉がある。
「ものを粗末にしていたら、しまいに罰が当たる。」

 

この歳になって、この言葉が生活の中に溶け込んでいるのがよく分かる。
私は買い物に行くのは好きだが、買い物するのが苦手だ。
「今これが絶対必要なのか」と、思ってしまうと買えないでいる。
『けちけちしてゆとりのない生活・・・・。』で、そんな性質なのだろう私は。

「9本の横の梁も完成 次は屋根の梁」

「9本の横の梁も完成 次は屋根の梁」

だから、鶏小屋づくりの材料も数年かけて集めていた。
釘だらけの柱を一本一本時間をかけて抜き、雨風にあたらないよう保管した。。
鶏の餌を煮るのにいただくザッパから、毎年こまめに鶏小屋作りのための材料をため込んだ。
ガラスのサッシがあると聞くと何処にでも出かけ集めた。

 

釘一本一本に、今までの想いを込め、打つ。
だから、「貧乏性」の私にも、誇りとプライドというものがある。

 

移住して以来、最も大切にしていることであり、
そんな暮らしを求めたから、人生を変えこの町に来た。

 

「よりよく暮らしたい、生きたい。」
「少しでも納得できる人生を送り、終わりたい。」
この信条は、誰にも覆すことはできない。

 

<本日のブログは少し変ですね。実はこのブログを見て、考えてほしい人がいるのです。>

〖見て見て、わたし賢いやろ。〗

 
早朝から笑わしてくれる相棒さん。

 

作業を始めようとしている私を呼びとめ、
「見て見て、わたし賢いやろ。」と自分の背中を指さす。
「ひとり炊事場でずっと笑っててん。賢いなあ私って。」

 

話の内容が読み取れない私。
でも相棒さんの立ち姿が変。

「それにしても、泊り客はどう思ったのだろうか」

「それにしても、泊り客はどう思ったのだろうか」

「どないしたん?」

 

「お湯沸かしすぎて勿体無いから、これおんぶしてるねん。」

 

相棒さんは背中に「ユタンポ」を背負っていることが分かった。
これを背負いながらお客さんの接待をしていたらしい。

 

夕方にはこの「ユタンポ」は、抱っこされていた。

〖夕暮れに 吐く息白く 小屋作り〗

「横の梁が一本架かった あと8本」

「横の梁が一本架かった あと8本」

屋根作りの材料が届く。
黒松内池田商店の若大将と、建設中(なんて、言ってもいのかなあ)の
鶏小屋を見ながら、しばしの雑談。

 

「これがお父さんの遺作やなあ・・・と相棒さんが言うよるねん。」
「いやー、まだまだこれからですよ。」と励まされた。

 

娘などはもっとひどい。
「あれ、まるでお父さんの墓を作っているみたい。丈夫な柱いっぱいやなあ。」
なんで自分で墓なんか・・・確かに丈夫な柱ばかりで、鶏小屋にするのが贅沢。

「ここまではいい線いっていると自画自賛」

「ここまではいい線いっていると自画自賛」

9月も来週で終わり。
あの暑さがうそのように、北海道の朝夕は寒くなった。
夕方5時過ぎるころ、吐く息が白く肌寒い。

 

池田商店の若大将が、
「一人でやっているんですか?すごいですね。」と言ってくれたが、
すごいのでなく、手伝ってくれる人がいないから、いつもひとりなわけ。

 

小学生時代、友と「隠れ家づくり」に熱中していたころに戻ったようで、「鶏小屋づくり」は楽しい。

 

ただ、雪降る前に完成するかが大きな問題なのだ。

「僕たち私たちは、このように毎日くつろいでいます」

〖北海道レモンの収穫?〗

「キンカの実ではありません」

「キンカの実ではありません」

もう5年になるだろうか。
柑橘系の実のなるもので、花の匂いがほしかった。
たぶん、きっと北海道では育たないと家族から言われた。
どうしても匂いがほしかったので、レモン木を買った。

 

大きなレモンのなる木は3年目に枯れてしまったが、
小さなレモンのなる木は生きた。

 

今年はいっぱいその小さなレモンが実をつけた。

 

はちみつ漬けにしょうと思ったが、もったいないので焼酎漬けにした。

「ビックリするぐらい今年は豊作」

「ビックリするぐらい今年は豊作」

10個だけ残した。
タンポポハウスのお客さんにだけ出そうと思った

 

このレモンの花と実の匂いへのこだわりは、
思い出される故郷の山の匂いでもある。

〖北海道で出逢った大切な人〗

「18本の柱、ひとつひとつの垂直をとる作業」

「18本の柱、ひとつひとつの垂直をとる作業」

17年前のこと。
「なんでおめー、諦めるべや。ここにちょっと座れ。」と、
懇々と説教された。

 

「この町に移住してきたからには、それだけの覚悟があったんだべー。」と、
延々と説教された。

 

新築したい建物の素人設計図を持って、夫婦で何度何度も訪ねた17年前。
いい返事をもらえなく諦めかかっていたときのこと。
「分かった、俺はあんたたちの夢の実現にちょっとは協力するべ。」

 

彼との出会いがなかったら、タンポポハウスの建物は建っていない。
現在は建築業をやっていないが、お付き合いは17年続いている。

 

その彼が言った。
「あんたたちを17年間見てきたが、ようこの町で頑張ったと思っている。
 地域を大切にしているし、昔と変わらずに俺と付き合いをしている。」
黒松内の方からほめられることはあまりないが、とても嬉しかった。

 

「鶏小屋建ててるべ。俺が持っている大工道具持ってけれ。」と、
足場を組む道具などプロが使う大工道具を
トラックいっぱいにして貸してくれた。

「足場がないと大変な作業となる 感謝」

「足場がないと大変な作業 元社長さんに感謝」

「ええか、あんたたち。あんたたちが頑張っているから協力するんだぞ!」

 

ついつい自分の立場や利益ばかりを考えてしまう世の中。
彼も北海道で出逢った大切なひとりである。

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