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2009年12月の記事

『一日中 シバレるー』

「タンタンもプリンも雪が大好きです」

「タンタンもプリンも雪が大好きです」

朝起きたら外は氷点下10度。
寿都町から夜、体操の指導を終えて帰宅したら氷点下16度。
このような日のことを北海道では、「今日はシバレルね。」という。
「寒い」を通り越した「寒さの状態」を表現した言葉だと思う。

 

隣町を出るときは氷点下5度だった。
これは黒松内温度ということなのだろうか。
日本中が冷えこんだのだが、北海道のあるところでは朝、
氷点下23度まで下がったそうだ。

 

友人から、
「大丈夫ですか?寒さ。」と連絡があり、
「寒くて車のドアーが開かないよ。」と言うと、
「それって、冗談?」と言っていた。

 

そのような方、黒松内町にぜひ見学におこしを。

『真冬日に熱くなる』

「朝マイナス7度 夕方マイナス6度 」

「朝マイナス7度 夕方マイナス6度 」

隣町から帰って来るとタンポポハウスに来客があった。
喫茶店は今日から冬季のクローズのはず。
『ほんとうはお休みなんですが、コーヒーでもどうぞ』と
いつものように相棒さんが臨時開店しているのかなと家に入る。

 

テーブルに黒松内の役場職員と若い男性がいた。
「この方、黒松内移住希望者のAさんです。」と紹介された。
見るからに若い。
私達の子どもと同じ年齢かなと思えた。
聞くとやはり30歳過ぎだった。
それにしても若い移住希望者。
連れ合いもあり子どもさんもいるという。

 

30歳40歳代の移住者がやってきてこそ、
町の移住対策が本物になると私は思っている。
ブームや目先だけの移住対策では、過疎の町は活性化しない。

 

今日の若者が発した表情や言葉は、私たち夫婦に勇気を与えてくれた。
「若者、そのものの存在がエネルギーなのだ」と実感。
寒い寒い本日の真冬日だったが、相棒と私はいつになく熱く語ってしまった。

『タンポポハウス喫茶店 今季終了』

「来春のご来店をお待ちしています」

「来春のご来店をお待ちしています」

4月から開始した「タンポポハウスの喫茶店」、今季の営業を終了。
宿泊のB&Bは続行中。
今年もいろんなお客さんが訪れてくれた。
そのお客さんたちから、いっぱい楽しい話をいただいたり、
頑張る勇気をもらった。
来年も楽しみの「タンポポハウスの喫茶店」。

 

さて、昨日は北海道は大荒れだった。
今日の朝は、冷蔵庫状態。
夕方からは、冷凍庫状態だった。
今週から黒松内も冬本番。

「1万年前から藁と人は、いいお付き合いをしてきた」

「1万年前から藁と人は、いいお付き合いをしてきた」

今日の半日、お隣さんから「藁」運びの仕事。
来春この藁は、鶏糞と混ぜ「タンポポハウス特製 堆肥」となる、
貴重な身近な資源。
例年だったら11月なのに今年は12月に。
今年は、10数年前の凶作に次ぐ出来具合だとか。
北海道全域、米の収穫がよくなかったようだ。

 

お隣の脱穀作業を見ていて、遠い昔を思い出した。
「今も昔も田舎のお年よりは、根気よくしっかりと働く」と。

『快晴だ!薪積み終了だ!』

「黒松内岳が3回真っ白になったら、根雪になると長老が」

「黒松内岳が3回真っ白になったら根雪になると、地域の長老が」

なんと気持ちのいい一日の始まり。朝から太陽がいっぱい。
こんな日がいつまでも続いてほしいと思うのだが、甘い考え。
明日もよさそう。
外仕事がはかどる。

 

ニワトリの餌を煮るための春までの「薪」も準備できた。
人間さんの冬の暖を取るための「薪」も準備できた。
今年積んだ薪は、3年先の薪。

 

だから、タンポポハウスには3年分の薪があるということ。
毎年、薪を積み終えて思うこと。
「ああ・・・こんなに薪があって幸せ。タンポポハウスは裕福だ。」

左半分が今年の分 右半分が3年先の分」

左半分が今年の分 右半分が3年先の分」

「薪ストーブをやめて、石油ストーブにしようよ。」と
相棒さんは提案するが、体力が続く限り薪ストーブで冬を暮らしたい。

 

北海道移住を決意したとき、いくつかのこだわりがあった。
そのひとつに薪ストーブでの暮らしがあった。
そのこだわりは、18年間続いている。

『今年はイタリアのスパークリングワイン』

毎年この時期、横浜からワインが届く。
いろんな国のワインなのだが、ボトルが変化に富んでいる。
今年はこんな色とかたちのボトル。

「さて、何方と飲みましょうか?」

「さて、何方と飲みましょうか?」

話せば長くなるのだが・・・話したい。
送り主は、きれいな女性。
たぶん今も知的で、きれいな女性のはず。
確か、九州福岡の生まれ。

 

出会いは、40年前。
そう、東京生活の青春時代。
世田谷の下宿をはじめて訪れたとき、
私は人生で初めて「ジャスミンティー」をご馳走になった。
今もはっきりとその味と匂いを思い出す。

 

彼女とはたった一年のお付き合いだった?
なんて綴るとどのように想像するのだろう。

 

ほんとうは・・・大学のサークルの3つ年上の先輩。
勉強家で努力家。活動的で理論派。そして、美人。
我がサークルの憧れの的、「姉さんマドンナ」だった。

 

後輩たちはその先輩の下宿をよく訪れ、お茶をご馳走になりながら
夜遅くまで「将来の夢」を語り合ったものだ。
私もそのひとりで、貧乏学生の私に夕食もご馳走してくれた。
あれから40年の月日が流れた。

 

18年前、私達の北海道移移住を知り、
それ以来なにかと応援してくれる。

 

「今年もお二人さん、元気で過ごしましたか。来年も互いに頑張ろうね。」と
素敵なワインが今年も届く。
ご恩を返すのは私のほうなのに。

 

何時かぜひ会いたいと思う、素敵なひとだ。

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