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鶏小屋ができるまで

〖小屋作りへの感激のご褒美〗

先日、隣町長万部町の『かわすみ・アクセサリー』のご主人から
素敵プレゼントをいただいた。
男性から頂くなんて、人生始まって以来かな?

「全長2cmのシルバーのカブトムシ もちろん手作り」

「全長2cmのシルバーのカブトムシ もちろん手作り」

その時、こんなコメントをいただいた
「あの小屋作りを見て感激したんだ。その時プレゼントしょうと思った。
 このバッヂは小屋作りへのご褒美!」

 

彼らご夫婦とのお付き合いも、黒松内町に移住して以来のお付き合いになる。
40歳代前半のときに出会っているので、今は互いに60歳近くなった。

 

風のごとく出逢って、風のごとく去ることもある人とのお付き合い。
人生の後半を生きるにあたって、最近特に思う。
「考えあって北海道に移住してきたのだから、気持ちのいい心暖まる
 人間関係を続けれる人と付き合いたい。」と。

「明日でトタン張り、終わりたいなあ・・・」

「明日でトタン張り、終わりたいなあ・・・」

このプレゼントは実にうれしかった。
なかなか鶏小屋づくりは進まないが、
帽子につけたバッヂを眺めるごとに頑張ろうという気持ちになる。

〖ああ怖・・・魔王様〗

「北海道黒松内タンポポハウスの黄葉は終わり、冬の景色に変わります」

「北海道黒松内タンポポハウスの黄葉は終わり、冬の景色に変わります」

「雨の降ってるんやから、今日は止めときや。」と相棒さんか早朝に言われた。
でも、二日続きの雨・雨。

 

気が焦る。

 

伸びる梯子?を伸ばして雨の中、屋根のてっペンの作業していたら・・・・、
ズズッツーズーと地面についてる梯子の足が遠のいて行く~・・・。

 

「覚悟」した。

 

そのまま地面に・・・・。

 

運良く、梯子が止まってくれた。

「昨日と今日とで一枚しかトタンがはれませんでした」

「昨日と今日とで一枚しかトタンがはれませんでした」

「ああ・・助かった。神様・・・」と天に向かってお礼を言おうとしたら、
「せやからあかんって言ったやろ。」という魔王さまの声が、雨の中から聞こえたように思えた。

〖とうとう初雪が・・・〗

「数日前の作業 へっぴり腰ありあり」

「数日前の作業 へっぴり腰ありあり」

棟木は完成したが、なかなか作業が前に進まない。
言い訳はいろいろあるけど、要領が悪いのに尽きる。

 

「どこまでできましたか。」と完成は今年中に絶対にないと確信している
お客さんから突っ込みが入る。
「なかなかでんねん。ぼちぼちでんねん。」といいかげんな大阪的表現でごまかす。

 

「今日の初雪は、タンポポハウスのオヤジの作業があまりにも進まないので、
 早くするべしと雪が催促しているんだべ。」と冷やかしも入った本日。

「栗木の黄葉と初雪」

「栗木の黄葉と初雪」

「垂木」もすべて打ち終えた。
垂木の長さを一定にし、切りそろえる作業を始める。
雪がひどく、大粒の氷も降ってきたので本日は(も?)作業中止。

 

次の作業(垂木に対して横板を打つ)が終われば、
いよいよ屋根に鉄板を張る段階となる。

 

「クリスマスには終わるんだべ。ニワトリたちもクリスマス迎えれるのか
 ひやひやして心配してるべし。」とこれまたキツイ冗談が入った。

 

皆さんの暖かな励ましをバネに明日も頑張ろうと思ったしだいなのだ。

 

〖梁ほぼ完成〗

「この高さでの作業に足はビビっています」

「この高さでの作業に足はビビっています」

やっとここまで来た。
ここ数日「雪虫」が飛んでいる。
雪が近い。

「5時ごろになると手元が見えなくなります」

「5時ごろになると手元が見えなくなります」

さあ、どこまで進められるのか・・・。

〖貧乏性〗

「ヒゲおやじさん 今年中には引越しできますかしら」

「ヒゲおやじさん 今年中には引越しできますかしら」

「貧乏性」とは「けちけちしてゆとりのない生活や考え方をする性質」とある。
あまり裕福でない家庭に育った私は、「貧乏性」そのもの。
母親がよく口にしていた言葉がある。
「ものを粗末にしていたら、しまいに罰が当たる。」

 

この歳になって、この言葉が生活の中に溶け込んでいるのがよく分かる。
私は買い物に行くのは好きだが、買い物するのが苦手だ。
「今これが絶対必要なのか」と、思ってしまうと買えないでいる。
『けちけちしてゆとりのない生活・・・・。』で、そんな性質なのだろう私は。

「9本の横の梁も完成 次は屋根の梁」

「9本の横の梁も完成 次は屋根の梁」

だから、鶏小屋づくりの材料も数年かけて集めていた。
釘だらけの柱を一本一本時間をかけて抜き、雨風にあたらないよう保管した。。
鶏の餌を煮るのにいただくザッパから、毎年こまめに鶏小屋作りのための材料をため込んだ。
ガラスのサッシがあると聞くと何処にでも出かけ集めた。

 

釘一本一本に、今までの想いを込め、打つ。
だから、「貧乏性」の私にも、誇りとプライドというものがある。

 

移住して以来、最も大切にしていることであり、
そんな暮らしを求めたから、人生を変えこの町に来た。

 

「よりよく暮らしたい、生きたい。」
「少しでも納得できる人生を送り、終わりたい。」
この信条は、誰にも覆すことはできない。

 

<本日のブログは少し変ですね。実はこのブログを見て、考えてほしい人がいるのです。>

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