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ヒゲオヤジの独り言。

〖この雪もうええわ 堪忍したってや~!〗

“]”][ビニールハウスの天井が埋もれかけています ありえへ~ん]
[ビニールハウスの天井が埋もれかけています ありえへ~ん

 

♪♪雪が降ってきた~ほんの少しだけれど~♪♪
♪♪雪が降る雪が降る~覗きこむよに雪が降る~♪♪
こんな優しい情緒感豊かな歌を歌いながら、のんびりと雪を見ながら
雪かき(除雪作業)」をしたいものやと思う今日このごろです。

本格的な冬はまだ一ヶ月の残っているというのに、ギブアップ宣言したい。
屋根の雪降ろし、もう2回もしました。
おかげさんで、梯子から転落し病院へ行く始末。
右足アキレス腱を痛めました。

この様子だと春まで4回(例年だったら2回ぐらい)することになります。
体力・気力の限界と叫びたいけど、近所の83歳と79歳のご夫婦が
せっせと「雪かき」する姿を見たらこんな気持ち、恥ずかしいですね。
しかし今年はほんま、降り続きます。
温度の低い日が続くのでいつもより寒いように感じます。

"]“][タンポポハウス周辺の積雪 ありえへ~ん状態]
[タンポポハウス周辺の積雪 ありえへ~ん状態

 

ニワトリさんがぽつりぽつりと卵を産んでくれます。
「まあ、春遠からず」、ニワトリさんに励まされて頑張ります。

 

昨夜は居住地域「歌才」の新年会がありました。
年々参加者が減少していますが、5軒で8人の集まりでした。
夕方3時開始で終了、夜の10時過ぎ解散でした。

"][かき揚げ天ぷら・焼き鳥・カボチャ団子・たくわん・ぜんざい・果物など豪華な調理]
[かき揚げ天ぷら・焼き鳥・カボチャ団子・たくわん・ぜんざい・など豪華な調理

 

歌才地区の昔話に始まり、
水道の管理を将来どうすればいいのか。
歌才地域に「集合住居」を作って、みんなで暮らそうか。
最近の移住者に対しての役場への不満話。
最後までこの地域で暮らしたいけどこれからどうなっていくのか。
郡部の人たちのことを役場は真剣に考えてくれているのか。
年をとると除雪がたいへんなだけでなく、死者がでるぐらい危険だ。

などなど、
真剣・深刻でありながらゆったりとした時間でした。
飲んで食べて喋っての7時間はあっというでした。
「老いる」ことへの不安がいっぱいありながらも、
歌才で「生きてきた」ことへの信念を感じました。

「彼らの存在」があったからこそ「この町の存在」があることを
街づくりの基本精神と考えたいものです。

〖久しぶりの赤井川村〗

「エゾ富士とも呼ばれている」

「エゾ富士とも呼ばれている」

先週は札幌。
今週は小樽と体操の指導に走っている。
倶知安から赤井川に抜ける新しい道路を走る。

 

途中、羊蹄山が綺麗に見えたので車を止めパチリ。
あまりうまく写っていなかった。

 

赤井川村を通過するとき、北海道移住して初めての住みついた家を見た。
無残にも朽ち荒れていた。

 

赤井川村で大変お世話になったYさんご家族に会いに行った。
みなさん元気で暮らしていた。
一年に一度のご挨拶だが、忘れてはいけないご家族。

 

赤井川村から始まった北海道移住、来春で20年になる。

〖静けさや ああ静けさや 静けさや〗

「そろそろ秋風を感じています」

「そろそろ秋風を感じています」

孫たちが大阪に帰って、数日が経った。
早朝起こされる心配もないし、寝る前の絵本の読み聞かせもない。
相当なエネルギーを費やしたのか、私は少し脱力状態である。

 

子供のパワーがいかに大きいものかを知らされた。
いや、こちらのパワーがなくなったのかもしれない。

「町道歌才2号線を走るドライバーのみなさん、ご協力ありがとう」

「町道歌才2号線を走るドライバーのみなさん、ご協力ありがとう」

「注意 子供 飛び出し」の看板も撤去した。
「特設の橋」もそろそろ撤去。
めまぐるしく走り回っていた孫たちの姿が見えないが、
犬たちもニワトリたちも魚たちも虫たちも私たちも日常に戻った。

「孫たちはこの橋を何往復したのでしょう」

「孫たちはこの橋を何往復したのでしょう」

〖M先生との20数年ぶりの再会〗

M先生からお手紙が届く。
「札幌に用事があり、その用件がおわりしだいそちらに行く。」

M先生との出会いは、私が20歳代の時。
もう、40年近いお付き合いなのだが、20数年会っていない。
北海道に移住してからは、年賀状のみのお付き合いとなった。

大阪では有名な私立学校の校長職を最後に、教育現場を離れられた。
今は関西学生の球技競技の発展に関わっている。
穏やかな性格ではあったが、話す中身はいつも理路整然で単刀直入だった。
若い教師から慕われていた。
私のようないい加減な人間でも、同じ目線付き合ってくれた。

その夜は、互いの近況報告会に始終し、夜遅くまで続いた。
20数年ぶりの再会とは思えないほど、話は盛り上がった。

翌日、長万部駅までお送りした。
ホームに札幌行きの列車が到着した。
ドアーが開くと同時に、
「来てよかったよ。会えてよかったよ。よくここまでがんばったね。」と
言ってくれた。
そして、私の両手を力強く握りしめてくれた。

ドアーが閉まる寸前に、
「大阪に来るとき、連絡ください。また、会いましょう。」と、
優しく声をかけてくれた。
20数年ぶりの再会。
それも数時間だけの会話。
M先生の心の大きさと深さに、涙が出た。
私は、先生が乗る列車を消えるまで見送った。

M先生は私より一回り以上も先輩なのだ。
大阪から移住するとき、M先生から頂いた「励ましの手紙」は、
今も私の机の中で生きている。

〖すこしずつ、庭らしく・・・〗

「今年も白いクレマチスがきれいに咲いている」

「今年も白いクレマチスがきれいに咲いている」

家の周りの相棒さんの庭が、少しずつ庭らしくなってきた。
この写真は、家の正面にある小さな庭。
3年目にして、なんとなく形になってきた。

「宿泊棟玄関の花たち」

「宿泊棟玄関の花たち」

今が一番いい感じだと思う。
ゆっくり鑑賞するまもなく、除草・水やりに大忙しの相棒さん。

 

花を植え・育て・見る喜びがあっての日々の世話。

「相棒さん的寄せ植え」

「相棒さん的寄せ植え」

私は「花より団子」。
昨日の雨で、すべての野菜たちがグンと大きくなった。
特に、ブルーベリーやイチゴが順調だ。
楽しみ・楽しみの日々。

 

ところで、鶏小屋は?・・・。

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