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ヒゲオヤジの独り言。

〖辻褄が合う〗

昨日、ヒゲおやじは相棒さんと久しぶりに隣町・岩内町まで買い物に。
日曜日というのに、あちこちのお店のシャッターが下りていた。
結局、昼飯はスーパーの「お魚屋さんのお寿司」を買い求めた。
そして、そのスパーの屋上から冬の海・山を眺めながらの食事となった。

 

その後、買い物となりレジでの精算をするとき、ひげオヤジの目に留まったものがあった。
「千葉銘産 からつき落花生 風味豊かな 大地の恵み」・・・。

 

尚且つ、「表示価格より 半額」。
『今夜は、千葉産の落花生でグイッとビール』

 

次は、お隣の量販店にて目的の品を探す。
すぐさま見つかり、店員さんを呼ぶ。
「これと同じもの欲しいんやけど・・・」
「恐れ入りますがこの商品、今展示しているものだけで、あとは取り寄せとなります。」

 

「今欲しいんやけど、なんぼに(いくらに)してくれる?」
「・・・」
「はよ店長さんと相談してきて・・・」

 

しばらくして、店員さんが戻ってきて、
「〇〇円でよかったら、いかがでしょうか。」
もちろんOK。思っていたよりの高値引率。
大阪人丸出しの買い物交渉中に、ヒゲおやじの相棒さんはいつの間にかその場から消えた。

 

気分良くしたヒゲおやじは、半額の落花生と予想以上に値引率高い商品を車に乗せ、
気分良く帰路についた。

 

アクシデントは、帰宅した時に起こった。
車から高値引率の商品を降ろそうとした時、手から滑り落ちたのだ。
無残にも商品の一部が破損した。

 

ヒゲおやじは反省した。
『あんな値切り方を北海道でしたからや。』

 
夕方、気をとり戻したヒゲおやじはビールのおつまみと「千葉産の落花生」の袋を開けた。
からつき落花生をひとつ食べた。
「なんやこれ!」
もうひとつ食べた。
「なんやこれもか!」
落花生は見事にすべて「湿気」っていたのだった。

 
今日一日の行いを、湿った千葉産落花生を口にしながら、ヒゲおやじは十分反省したのだった。

〖居座る ピロリ菌〗

昨年12月に検査したピロリ菌の結果が出た。

「まだいますねえ。」のドクターの一声に、
「そんなに私のお腹、居心地いいのでしょうか。」と言ってしまったら、
可愛い看護士が「クックック」と笑った。

「2回目の薬を飲みましょう。」とドクターは簡単に言ったので、
「もしだめだったら、どのようになるのですか?」と質問したら、
「その時点で対策を考えましょう。」お答えが返った。

そんな訳で、私のお腹にはピロリ菌がまだ居座っている。
たぶん、何十年と同居していたのだろうか。
私の健康のためには、早く出て行って欲しいのだが、
どんな奴らかをこの目で見てみたい気もする。

相棒さんは、長年お付き合いの「子宮筋腫」の定期検査をした。
「腹を切らないで治す方法」をとった彼女は、勝利宣言をした。

「エコー見たけど、ほとんど見えなかったわ。やっぱり切らんで
 よかったわ。腹筋鍛えてきたからここまできたんや。」

相棒さんの腹、自慢するのではないが、私は40年近く見続けてきた。
だから私は思うに、腹筋よりも彼女の太っ腹根性が退治したと思うだが。

「ピロちゃん退治」に、その太っ腹根性が私にもほしい。

『今年一番のべりー・べりー・グッド』

「てまひまかけたベーコンたち」

「てまひまかけたベーコンたち」

今年最後のベーコンが完成。
約3㎏近くの豚バラだった。
やりがいがあった。

 

昨夜は氷点下12度。
燻煙している小屋も同じ温度だった。
月明かりと雪明りで外は明るく、
空気は澄み切っていた。

燻煙の煙がモクモクと小屋から出る。
黒松内の市街地だったら、火事騒ぎだろうと思った。
作業を終えると夜の11時をまわっていた。

 

そして、今日の夕食。
相棒さんがお留守なので、男一人料理。

 

「カボチャとベーコンのバジル炒め」と
「洋風肉じゃが」を作った。
野菜は、タンポポハウス産無農薬野菜だ。

 

友人から頂いた赤ワインを片手に、料理を口に運ぶ。
「ものごっつい、美味しいやん。」と独り言。
野菜も美味しかったが、ベーコンの味が効いていた。

 

今回のベーコンの味はベリー・ベリー・グッドだった。
明日の夜は「しめじとベーコンのクリームパスタ」に挑戦しょう。

『湯婆(湯たんぽ)』

「このようなものが今も売られているのは、嬉しいですね」

「このようなものが今も売られているのは、嬉しいですね」

寝込んでしまった。
一日中体調不良。
腹痛、吐き気、めまい、微熱が続きうなされた。
その時、最近死んだ「ボノ」を思い出した。
新型インフルエンザかな・・・と思ったが、
直感的に違うと、根拠のない確信。

 

愛犬だったボノは、不調の時にしていたことがあった。
食事を取らずに寝床でじっと何日も静かにしていた。
水だけは飲んでいた。

 

絶食だ。

 

ボノを見習い私も試みた。
24時間の絶食。

 

うとうととした。
夢なのか、遠い遠い昔の我が家が現れた。
おんぼろ我が家の寒い冬。
母親が「コタツ(アンカのこと)」の準備をしている。
「炭団(たどん)」に火を入れている。
炭団を灰の入った瓦製の容器に入れ、焼き物で出来ている「行火炉」に納め、
布団の足元にもぐりこませる。

 

兄弟4人が我先にとコタツを探し、布団に潜り込む。
貧しかったが、幸せだった。

 

眠りから覚めると、相棒が「湯たんぽ」を運んでくれた。
湯たんぽも暖かかったが、相棒さんの気遣いがとても暖かかった。

 

「湯たんぽ」は「湯婆(tangpo)」とあった。
日本に入って「湯湯婆(ユタンポ)」と呼ぶそうだ。
「婆」は「妻」の意味。

 

「妻の変わりに抱いて暖を取るという意味」だそうだが、
私の相棒さんは、そこまでしてはくれなかった。

『今年はイタリアのスパークリングワイン』

毎年この時期、横浜からワインが届く。
いろんな国のワインなのだが、ボトルが変化に富んでいる。
今年はこんな色とかたちのボトル。

「さて、何方と飲みましょうか?」

「さて、何方と飲みましょうか?」

話せば長くなるのだが・・・話したい。
送り主は、きれいな女性。
たぶん今も知的で、きれいな女性のはず。
確か、九州福岡の生まれ。

 

出会いは、40年前。
そう、東京生活の青春時代。
世田谷の下宿をはじめて訪れたとき、
私は人生で初めて「ジャスミンティー」をご馳走になった。
今もはっきりとその味と匂いを思い出す。

 

彼女とはたった一年のお付き合いだった?
なんて綴るとどのように想像するのだろう。

 

ほんとうは・・・大学のサークルの3つ年上の先輩。
勉強家で努力家。活動的で理論派。そして、美人。
我がサークルの憧れの的、「姉さんマドンナ」だった。

 

後輩たちはその先輩の下宿をよく訪れ、お茶をご馳走になりながら
夜遅くまで「将来の夢」を語り合ったものだ。
私もそのひとりで、貧乏学生の私に夕食もご馳走してくれた。
あれから40年の月日が流れた。

 

18年前、私達の北海道移移住を知り、
それ以来なにかと応援してくれる。

 

「今年もお二人さん、元気で過ごしましたか。来年も互いに頑張ろうね。」と
素敵なワインが今年も届く。
ご恩を返すのは私のほうなのに。

 

何時かぜひ会いたいと思う、素敵なひとだ。

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