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ヒゲオヤジの独り言。

〖タンポポハウスって ええなあ・・・〗

「以前は手伝っていたが 一番上の孫が下たちを指導するようになった」
「一番上の孫が下の孫たちを指導」

学校が春休みになったので、北海道での生活を楽しみにやってきた孫たち。
到着するとすぐに冬用の服に着替え、雪と遊ぶ。

 

タンポポハウス駐車場には雪の山。
孫たちのためにと冬中に集めてた雪山。
からだより大きいスコップを持ち、雪山のトンネル作り。
ああでもない、こうでもないと相談しながらの夕方までのお遊び。

「遠くにニセコ連峰が見える タンポポハウス裏山」

「遠くはニセコ連峰 タンポポハウス裏山」

 

おかげで、よく遊びよく食べよく眠る。

本日は裏山での遊び。
小さなプラスティックのソリを持って出かける。
子どもは軽いので雪に埋まらないが、
大人は「かんじき」をはいての雪原・雪山歩き。

 

途中で5歳児の孫は疲れて果て、「冷たい、帰りたい」の連発だったが、
参加者全員の無視に仕方なく再び同行。

 

「スキー場の民宿のストーブみたいです」

「スキー場の民宿のストーブみたいです」

林の中を通り抜けるととてもいい景色に出会う。
この景色をぜひ孫たちに見せたいと頑張る爺さん。

 

キツツキがつついた木を発見。
ウサギ・野鼠・キツネ・シカの足跡など発見。
ついでに動物たちの糞をも発見。

「帰りはヤマブドウづるのブランコ遊び ターザンみたいやなあは通じませんでした」

「帰りはヤマブドウづるのブランコ遊び ターザンみたいやなあは通じませんでした」

 十分雪遊びを楽しみ、ご機嫌の孫たち。
遠くに見えるタンポポハウスを見てひとりの孫が
「タンポポハウスって ええなあ・・・」だって。

 

「5匹の犬達も一緒に行こう!」

「5匹の犬達も一緒に行こう!」

このうれしい言葉に「じいさん 感激!」

〖あわじやのマーちゃん〗


マーちゃんは私より三つ歳上の先輩で、小さな食堂の店主。
野球好きで店先でよくバットの素振りをしていた。
「大・大のトラキチ」で、ナイターの季節になると店のテレビの前に、
阪神フアンだけが群がっていた。

 

1985年だったか、一番真弓・3番バース・4番掛布・5番・岡田の
ダイナマイト打線が爆発し、日本一になった。
マーちゃんと付き合って10年ほどのことだった。

 

その日の「祝賀会」は尋常な騒ぎではなかったと記憶している。
今もきっとお店の天井には、「ビール・日本酒・ジュース・そしてケチャップ・マヨネーズ」の
痕跡があると思う。

 

夕方に始まり明け方近くまで飲み騒いだ祝賀会に、不思議と近隣からの苦情は一切なかった。。
当時ジャイアンツファンだった私は人生で一回だけだが「六甲颪」を強制的に歌わされた。
20数人の参加者の中で、他球団ファンは私ひとりだったが、マーちゃんはわざわざ私を呼んでくれた。
その夜は家に帰れない時間となり、マーちゃんの子ども部屋のこどもの段ベッドで泊めてもらい翌朝出勤した。

 

昼飯はもちろんあわじやマーちゃんところで食べた。
部活の指導が終わればあわじやマーちゃんところに直行した。
飲んでは語り、語っては飲んだ。
食堂が夕方からあわじや酒場に変った。
当時若かりし新米教師達の交流の場でもあった。
マーちゃんはそんな教師達の愚痴や悩みを辛抱強く聞いてくれた。

 

終電車が過ぎても帰らない私に、
『ゆっくり飲もうや。おれも一杯やるわ。今日も泊まっていきや。』と寝床を用意してくれた。
10本指では数えられないぐらい泊めてもらった。
風呂もいただいたし、朝起きるとおばあちゃんが「茶粥」をよくご馳走してくれた。

 

私が十二指腸潰瘍した時、
『そんな気のせいや。ストレスは気やで。いつものようにしっかり酒飲みや!』と、
特性の料理や特別の酒を出してくれ飲み続けた。
お陰で直った時、近所の常連客を集め、快気祝いをしてくれた。
今でもやっぱり潰瘍は気のせいだったと思っている。

 
親友だった同僚のN先生が、路上で出会ったという「お勤め帰りで背中に彫り物」のある若者を、
あわじやに突然連れてきても、びっくりもせず彼に食事を提供し、泊まらせてくれた。

あのお勤め帰りの若者は、更生したのだろうか。

 

そのN先生とお店ですごい言い合いの喧嘩になった時、
『年上がしっかり年下を抱きしめんな、後輩はついて来んぞ!』と叱られた。
それ以来、N先生を今までより大切にし、付き合うようになった。

 

40歳になる前、退職を決意しかねて悩んでいた当時、
『顔が悪い。いつもの顔と違う。どないしたんや。エエ酒飲んでないな!』と心を見抜かれた。

 

あわじやのマーちゃんのことを思い出すと今でも懐かしさより、涙がこぼれる。
私の新米教師時代に、「教師になる前に、しっかり社会人なれ!」と教えてくれたマーちゃん。
部活動の生徒たちをいつも優しく励ましてくれ、クラブを心から応援してくれたマーちゃん。

 

北海道移住を決心した時、
『大丈夫や、あんたならできる。北海道行って命とられるわけやないし、また会える。そのうち嫁はんと遊びにいくさかい。』と、
21年前にもらった贈る言葉。
残念ながらもらった贈る言葉は実現しなかった。
あわじやのまーちゃんは、今年1月に早すぎる歳で世を去った。
いいかげんな私を育ててくれた、大切な恩人がひとりあちらに旅立った。

 
『マーちゃん!はやすぎやで。北海道来てくれる約束やったのに。N先生といまごろそっちで飲んでるんやろうなあ。
 マーちゃんにしてもらった親切、マーちゃんに教えてもろた人生、ちょっとでも恩返しできるように
 この世でもう少し頑張ります。そのうち俺も行くさかい。またそっちのあわじやで一杯飲ませてや。
 それから、特性のマーちゃんのちゃんぽんも食べさせてや。六甲颪、今度はいっしょに歌おうな。』と、冥福を祈った。
 

〖♪♪は~るよ来い! は~やくこい ま~ごよこい!は~やくこい♪♪〗

「ここ数日、マイナス15度の朝を迎えています」

ヒゲおやじに孫が一人増えた。
3+1=4となった。
まだ一度も見ぬ孫だが、
あと数日で会える彼を想像し、ジジババは毎日わくわくしている。

 

2月という北海道では一番厳しい時に帰ってくるお母さんと彼を
北海道のジジババは心配している。
彼の父親は6歳の時に私たちとと共に、北海道に移住してきた。

 

暮らすということでは父親は大先輩なのだが、
寒く厳しい北海道でのスタートが初めてのおふたりのことを思うと、
北海道ジジババは心配でならない。

 

「川も凍り その上に乗っても割れません」

「川も凍り その上に乗っても割れません」

先輩格の3人の孫は、春・夏・冬のタンポポハウスを知り尽くしている。
最近では頼まれもしないのに、ひとりで飛行機に乗ってやってくる。
長ければ一ヶ月もの滞在というロングステイもあるが、
ご本人たちのいつも別れ際の言葉、「またこんど来るわ・・・。」
大阪と北海道とのの距離的・時間的・空間的な広がりの感覚が
彼らは麻痺しているに違いない。

 

タンポポハウスファミリーに仲間入りした+1の孫の成長が楽しみだ。
この孫もタンポポハウスでいろんなことを見て知り経験して育ってほしいと願っている。

「タンポポハウスで一番元気なのは ニワトリと犬達です」

「タンポポハウスで一番元気なのは ニワトリと犬達です」

『ジジババに 春一番を 孫がくれ』

〖黒松内3人会〗

黒松内3人だけの会、今年も楽しく有意義に終わった。
一年に一回だけ、ただ飲むだけの会。

今年のゲストは最近移住してきたHさんとその友、イギリス在住26年のMさん。
そして初参加の黒松内生まれのSさん。

「ホタルの光」のBGMが聞こえ、催促される時には3時間は優に過ぎていた。
イギリスの話から黒松内の話。世界の音楽の話から移住の話まで、
多岐にわたっての話題は久しぶりの美味しいお酒となった。

こんな小さな過疎の町で世界を語れるなんて贅沢な飲み会。

「僕が次回の集まりを計画します。」と飲んだ勢いではなく、
この言葉にはこの町の将来を賢明に考えるSさんの心意気を感じた。

次回への提案。
移住者から素敵な黒松内人をゲストに。
黒松内人から素敵な移住者をゲストに。

次回も楽しい・嬉しい・美味しい酒を飲みましょう。

〖豆おやじと新年会〗

 

『豆おやじが握った握りずし ハマチ・ブリ・マグロ』

『豆おやじが握った握りずし ハマチ・ブリ・マグロ』

豆オヤジ夫婦と恒例の新年会をした。
黒松内町に移住してから20年間続いている新年会。
小学生と幼児だった豆オヤジの子どもたちは独立した。
2人の娘と小学生だった私の子どもたちも独立した。
豆オヤジにはまだ孫はいないが私には4人の孫が増えた。

『大阪で流行っている イカ焼き 大阪からの直送』

『大阪で流行っている イカ焼き 大阪からの直送』

豆オヤジ夫婦の楽天的で飾らない人柄を20年も見てきた。
どれだけ私たちは助けられたことだろうか・・・。
移住という「人生の決断」を、今こうして振り返って見ると、
案外「いいかげん」だったのかもしれない。

『デザートはリンゴパイとカボチャようかん』

いいかげんだったのは男だけで、女はこの20年苦労ばかりの毎日だった。
酒の入った豆おやじが『俺、母ちゃんにいつも感謝しているんだよう・・・。』と母ちゃんに
言ってのけたが、
豆おやじの母ちゃんにしてもヒゲおやじの母ちゃんにしても、
『そんなことあたりまえでしょ!今更・・・。』とバッサリときられてしまった。
豆おやじも今年還暦。
互いに人生を突っ走ってきたものとして、
このへんでスピードダウンさせて、「母ちゃんを大切にしよう・・・月間」を作ることにしょうか。

『鍋料理あり・天ぷらあり・煮魚あり』

そうだ!今度豆おやじの還暦祝いの時に、苦労ばかりかけてきた母ちゃんたちに感謝を言葉であらわそう・・・。
やっぱり飲まないと言えないかなあ・・・。

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